日々思ふこと(教育改革編)

土曜授業復活

いわゆるゆとり教育の終了

by damian on 4月.01, 2010, under 土曜授業復活, 日々思ふこと

「ゆとり」決別、ページ大幅増…小学教科書検定

文部科学省は30日、2011年度から小学校で使用される教科書の検定結果を発表した。

「ゆとり」が特徴だった学習指導要領を全面改定し、学習内容を充実させた新指導要領に基づく初めての教科書で、学力低下不安から内容を増やした現行教科書と比べ、平均ページ数は全体で25%、算数で33%、理科で37%増えた。基礎の反復や実験、観察も増え、情報を使いこなす力、思考力、表現力の向上も意識された。日本の伝統文化も多く盛り込んだ。

教科書の内容は、ゆとり教育を反映した00年度検定の教科書(02年度供給)で大幅に削減。03年度検定(05年度供給)で要領を超えた「発展的記述」を取り入れて増やされたが、今回の検定で「ゆとり」から完全に決別した。ただ、教える内容の選択が現場に委ねられた面もあり、今後は授業時間の確保や教師の質向上が課題となる。

今回の09年度検定で合格した小学校教科書は9教科の計148点。各教科ともページ数を増やし、特に主要教科で質量とも充実した。00年度と比べると、平均ページ数は全体で43%、理科と算数で67%増。理数、社会では、標準的なB5判より横に長い「AB判」が、現行の7倍の42冊に増えた。

国語では、新聞記事の編集の仕方や書き方に注意して読むことを通じ、言語能力を高めようとする活動が登場。社会では、インターネット上の情報が正確か否かを読み解く力などを身に着けるページが充実した。

応用力を問う「国際学習到達度調査(PISA)」で日本の子供の成績が低下したことを意識し、生活に即した場面で知識を活用する問題が算数などで増えた。

円周率は、場合によっては3で計算することも認めているが、誤解を避けるため、新教科書では「円周率は3・14」と明記するように求められた。

社会5年の全教科書に日本と韓国の間で領有権を巡り争いがある竹島が取り上げられた。一部で地図上の帰属があいまいとの検定意見が付され、修正で韓国との国境線が加筆された。

検定意見は5551件で、03年度検定からほぼ倍増したが、記述の誤りなどの指摘が多かった。また「発展」は、新要領自体の内容が増えたため減少した。今回の検定では、審議経過をまとめた議事概要なども公表され、透明化が進んだ。

(2010年3月31日03時02分 読売新聞)

ようやく愚策だったゆとり教育に終止符が打たれます。
土曜授業の復活といい、勘違いをした「ゆとり」はどんどんと取り除かれていきます。
日教組の広告塔である尾木直樹氏は必死になって「こんなものできない」とか「現場の教師に教えられない」などといっているわけですが、では私たちの時代にはなぜできたのでしょうかと問い詰めたいほどです。

そもそも私たちの時代は詰め込みだと思っておらず、学力の担保が平均してできていたからこそ塾に行かなくてもきちんと学力を持った生徒がそれこそごろごろしていたのです。
それをどんどん削っていって、当時の半分くらいの教育内容にしておけば、当然ながら学力が担保されない子供が当たり前に増えてくるのです。
その結果がここ数年で学力低下顕著ということが国際的な見地からはっきりしたのです。

それこそ詰め込み教育といわれた当時にアジアはもとより、北欧などでも日本の教育を研究していた(参考にしたとまではいいませんが)わけで、勤勉であった日本人からなにかを良い意味で盗もうとしていました。
ところが当の日本人は欧米からの「もっと休め」などという甘言にだまされ、どんどん日本人をサボる方向へと誘っていきました。
その結果が週休二日制であったり、月40時間労働制であったり、ゆとり教育であったような気がしています。

月40時間労働は別のブログでも書いていますが「そんなの個人の勝手」だと思っています。
私の友人で外資に勤めている者がいますが、彼は労働時間を考えたことがないそうです。
なぜなら朝7時にはオフィスに出て夜23時頃に帰宅するような毎日で、その代わりに年収が数千万という生活を勝ち取っています。
ただしサマーバケーションなどはきっちり取りますし、休む時は徹底して休んでいますが、何かトラブルがあったら、それこそ自分の時間など関係なく仕事に没頭しています。
彼も私と同じような考えで、金が欲しかったら働く、時間が足りなかったら増やす、本来は労働時間は個人が決めるもので、その成果を人事考課という制度で確認してもらうというものです。

だいたいクリエーティブな仕事ではなくルーチンワークで残業ということがあるとしたなら、それはマネジメントがおかしいのであって、個人のスキル不足などとは関係がないと思っています。
それへの対価が正しいのかは経営サイドが判断するわけですが、そこに効率性を確認するための人事考課制度があるわけで、もしその個人が就業時間を過ぎて仕事をいつもしているのであれば、それはどこかに問題があると考えねばなりません。

・・・と書いているとゆとり教育とはずれていってしまいましたが、物事の本質というのは時間だけや見た目だけにでてくるものではありません。

それを見た目だけの時間を減らして、当然ながら学習内容を減らさないとできませんから学習内容をそぎ落としていきます。
さらにはわけのわからない「生きる力」などというテーマを掲げて授業の内容を変えていくわけです。
結果、学習の本質からはかけ離れ、本来ゆとりを持って生きるための知識さえも削ぎ落としてしまったのですから、子供たちの学力を基礎とした考える力が衰えたのですから、当たり前に勤勉な日本人は減っていったのです。
そのことを私たちは良くないと考え本当の「生きるためのゆとり」を得るための学習をするべしといい続けてきたからこそ「ゆとり教育をやめるべし」とやってきたのです。

学習内容を増やしたからといって急激に勤勉な子供が増えるとか、学習へのゆとりができるなどとは考えてもいません。
しかしそうしたものを取り戻すためにも、少しずつ環境を見直していくべきだと考えます。

先日、たけしさん、さんまさん、所さんのテレビ番組をやっていましたが、今の公園は遊べなくなったといっていました。
そのとおりで、本来公園を使う者がどうすれば自分が満足して遊ぶことができるのか、同時に他の人に迷惑をかけないためにどうしたらいいのか、ということを考えられないようにしてしまったのです。
昔の公園は年代が入り混じり、サッカーや野球、縄跳び、ゴム跳び・・・いろいろなことが公園の中で行われてきたわけで、どこのエリアではなにをするのかというのが暗黙に決まっていたり、時間帯でなんとなく競技が入れ替わったりしていました。
それはそこで遊ぶ子供たちがルールを作っていたはずです。

そうした生きるための知恵や知識を得るための環境も学校以外で整えねばなりません。

それで葛飾区内の公園にある「野球・サッカー禁止」という注意書きを引っこ抜けと言っています。
ゆとり教育を見直した教育要領をこれからも注視していきますが、次は葛飾区内の公園へものを申してまいります。

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教職員への手当て

by damian on 2月.08, 2010, under 土曜授業復活

手当てと言ってもお金が全てではありません。

土曜日の授業に当たっては、半日の出勤となるため当然ながら振り替え休日などの手当てをしなければならなくなるのは当然です。

日教組の活動家教師に対してはたいへん厳しい私ですが、日頃子供達のために尽力をされている教職員の皆さんを存じ上げているため、皆さんにはご苦労が多いと感じております。
そんな中で今回の葛飾区の土曜授業決定というのは、議論が尽くされたとは全く思いませんし、土曜授業賛成である私であってさえ時期尚早と思うのです。

まず成果が「全く」でていない夏休み縮減をやめるべきです。
これにより教職員の皆さんが連続休暇を取る時間が増え、また同時に子供たちに夏休み期間の自由度が高まり、学習をしたい子供、スポーツに励みたい子供、文化的に何かを得たい子供などの機会を増やすべきであると考えます。

そうして土曜日授業は最終的に月に2回、つまりは「ゆとり教育」以前の状況に戻し、これからの学習要領に対処するべきであると考えます。
実質今までの学習要領よりも内容が増し、時間的に足りなくなること、効果的に授業をしたとしても当然ながら落ちこぼれていくであろう子供たちを少しでも減らすことを主眼とすると、学習時間の増大によるものが学校現場での一番の解決策ではないかと考えるからです。

当然ながら教職員の皆さんは準備時間が増えるわけで、月2回の土曜授業を知っている中堅教職員の方のほとんどは「土曜日に授業があれば準備が今よりずっと楽になる」とおっしゃっています。
それによる学習効率と効果に期待がされるわけで、子供達はその恩恵にあずかれるわけです。

そして土曜授業と平行に行っていただきたいのは、40~50代教師指導力不足の原因の根幹がどこにあるかを「的確に」把握していただき、コンピュータを利用した授業であったり、電子黒板などを「効果的に」利用することを推進していただきたいと考えます。
私の父が教師をしていた40年前の黒板にガリ版という時代はすでに過去のものであり、コンピュータ等のツールを使うことによって準備時間を減らし、また効果をあげるための準備を「できない教師」にはしてもらえるようにしなければなりません。

それにより全体的に負担を減らし、教職員の皆さんが働きやすい環境を作ることも保護者というより地域住民として行うべき事と考えております。

ただただ土曜日授業賛成というのではなく、裏づけはこうであるとしなければ当然ながらどなたも理解をされることはないと思っておりますので、もっと深くかつ他の方に理解されやすいことを綴っていくことができればと思います。

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土曜日授業に対しての準備

by damian on 2月.06, 2010, under 土曜授業復活

土曜日授業に対して反対ではありませんが、いくつかの問題点があると考えています。
その問題点とは土曜日授業に直接関わるものと、関わらないものがあります。

1.教職員の就業時間の問題
2.教職員の夏季および冬季連続休業中の連続休暇取得について
3.夏季休暇縮減をしている基礎自治体における学習時間とその効果について
4.地域や家庭と協動といっているのに、基礎自治体側がそれらを無視することについて
5.スポーツ団体などで現在土曜日を公式戦などに組み入れている場合について
6.学校外学習のスケジュールが土曜日午前などに組み入れられている場合について

まだまだあると思いますが、ざっと今思いつくものだけでも6つあるわけです。

そして葛飾区においては夏休み縮減による効果および評価が目に見える形で示されていません。
さらには2月3日の土曜授業における教育委員会から小中それぞれのPTA連合会への説明の際、教育委員会側は「夏休み縮減による効果が見られないから今後も縮減を続けます」というニュアンスのことを言ったと本年度小P連会長から聞き及んでおります。

私がそもそもこのブログを立ち上げたきっかけは、全く保護者や単Pに相談することもなく、基礎自治体の教育委員会がいわば「勝手に」夏休み縮減を推し進めたことであり、その際に委員会などでの教育委員会による発言は、委員会議事録に残っています。

それにはっきりと出ているのは「教育振興ビジョンにあるから」というものですが、教育振興ビジョンへのパブリックコメントを一切聞き入れないというのは、一昨年教育委員会が身をもって示してくれました(苦笑)
『葛飾区教育振興ビジョン(第2次)』に関すること

少々横道にそれますが、教育委員会は過去において明確なる嘘を言いました。

わくわくチャレンジ広場が葛飾小学校で始まる際に、教育委員会と準備委員会で話し合いをしました。
その時に担当課長に「学校にエアコンを入れたから、夏休み縮減をするという言い訳をするんじゃないだろうね」と確認をしたところ違うと返事がきたのですが、委員会議事録にははっきりとそうだと残っているのです。

小学校においても普通教室が冷房化し、今回の学習教室が円滑に実施されたということで、夏休みについても学習を指導時間としての確保する環境が整ったといわれてございます。

・・・と。

夏休み縮減のときも「これから地域に説明をして理解をしてもらう」という段階だというのに、讀賣新聞に記事として掲載されています。
つまり教育委員会は「俺達の言うことを黙って聞け」といっているのと変わりがないわけです。
讀賣のすっぱ抜きと言い張っているようだが

この6年ほど、教育委員会とはPTAを介してお付き合いしてまいりましたが、まあ見事なまでに地域無視、保護者無視の施策を用意してくるわけで、夏休み縮減に関しては前年の10月の理事会に教育委員会の担当者が言ったとされていますし、今回はなんと土曜授業が開始されようとするわずか2ヶ月前の2月3日に教育委員会から小中各PTA連合会会長などへの説明会を開いているわけです。

そしてそれらは「決定」と通達されており、結局は「俺達の言うことを黙って聞け」と言っているのです。

東京都は月2回を上限として・・・と各基礎自治体教育委員会に通達しているようですが、葛飾区では各学校の裁量で5回以上10回以下と通達しました。
校長会では一律5回という提案もなされましたが、これは打ち返されたとのことです。

基礎自治体の教育委員会とはその自治体における公立教育機関では、教育の機会均等を計るべきであって、そもそもの機会を学校裁量で異なるようなことを起こしてはならないと考えます。
それを見事に崩してしまったのが良いのか悪いのか杉並区の和田中学校だったわけですが、杉並区全体をこうした動きにするということであれば構わないと思うのですが、一部の学校だけをこうした機会均等からはずれた公立教育とすることは行政の行うことではないわけです。

ましてやはっきり書きますが、葛飾区の教育委員会にはビジョンがありません。
教育振興ビジョンがあるじゃないかと反論されるかもしれませんが、抽象論ばかりで具体論のない(意味のないところだけは具体策があげられますが)ものはビジョンとは言いません。
それが最悪の形で「平成22年度は土曜日授業の試行だから各校の裁量」などという通達となったわけです。

これにより混乱するのは子供たちであり保護者であり地域です。
それなのに「協動」という言葉で地域に頼ることはあっても、それに相談はないわけです。

いつまでも「俺達のいうことに黙って従え」というものを信じることなどできません。

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