教育
英語で話をするには
by damian on 7月.23, 2010, under 教育
環境と必然性が必要なのではないかと思っています。
そもそも日本にずっと暮らしている人に英語が必要か?と問いかけたとしても、普通は必要ないと応える人がほとんどでしょう。
そんな環境の中で英語を覚えろといってもほとんどの人は覚えるわけがないと思っています。
私の甥は年少の時にシアトルに移住し、5年ほどの米国生活でネイティブとなって帰って来ました。
二つ下の姪(彼の妹ですね)も同じようにいたわけですが、はっきりと英語力に差が出たのは二年後くらいでしょうかか。
甥は中学受験のためと、せっかく覚えた英語を普段から使うようにと、英会話教室と言っても普通に外国人と話す環境の教室に行っていました。
姪も最初は楽しく通っていたのですが、そのうちに必要性を感じなくなり通わなくなったそうです。
結局、甥は英語力を買われて私立中学に入学し、そこでも英語力を必要とされ、毎日磨いているものですからネイティブといっていい状態ですが、姪はどちらかといえば得意ではないという感じになっているようです。
そこには環境と必然性があったと感じるわけで、彼らが私の言っていることを証明してくれました。
私も学習としての英語は得意ではありませんでしたが、会社に入ってどうしてもホストコンピュータのマニュアルや技術書を読むのに英語力が必要であったため、やむを得ず英語を覚えざるを得ませんでしたが、その後使わなければ自然と忘れ去ってしまっています。
その後、英語が必要な立場となったときにも先方にお願いして通訳をつけてもらったりしたほどですし、必要がなければ英語を使おうなどと思ってもいません。
ですが英語で会話や読むことができなければ給料を与えないぞともし言われたとしたら、多分必死になるとは思います(苦笑)
◇
しかし、数日前に日本企業が公用語を英語にすると記事になっていました。
英語で仕事をせざるを得ないのであればやむを得ないと考えますが、本拠地が日本であるにもかかわらず英語というのはいかがなものか?とは思っています。
今いる社員の方々にも英語力が必要となるわけですが、どこまでその必要性を感じて必死になるのかはわかりません。
それは個人の考え方によるものであると思うからですが、必然性から考えればいつの間にか覚えてしまうようになると思いますが、その間に周りとのギャップができてしまえばいづらくなるのはこれまた必然だと思われます。
一番の問題はなぜ英語教育を受けなければならないのかというのを理解しなければならないわけですが、根本的に日本の英語教育は受けさせる英語の教育内容が違うように感じてなりません。
文法がどうの、読むのがどうのではなく、相手にどう伝えるのか、相手が何を求めているのかを知ることが英語力なのであり、文法などは二の次、三の次なのではないでしょうか。
二学期制撤退の動き
by damian on 7月.21, 2010, under 教育
2学期制から撤退続々 授業増効果期待外れ、現場に不評(朝日新聞)
2010年7月2日前期と後期の「2学期制」を採用した公立小中学校で、元の3学期制に戻す動きが相次いでいる。2学期制を採れば、3学期制に比べて始業式や終業式、定期テストなどの回数が減り、その分を授業に回せるメリットがあるとされてきたが、実際にはさほどの効果がなく、逆に「前期の中に長い夏休みが入るなどしてメリハリがつかない」と不評を買う結果に。一時のブームは冷めた格好だ。
1年を前期と後期に分ける2学期制では、9~10月に数日間の秋休みを置いて境目にすることが多い。学校週5日制が完全実施された2002年ごろから、授業時数を増やそうと導入する学校が急増。文部科学省によると、導入した公立小の割合は04年度の9.4%が07年度は20.2%、公立中学校も04年度の10.4%から07年度は21.9%に増加した。ただし、右肩上がりだったのはここまで。直近の09年度の調査では小学校21.8%、中学校23.0%とわずかに増えてはいるものの、現場に目を落とすと評価する声は減っており、中止する学校が続いている。
「年間で20~30時間増やせると期待したが、実際にはその半分以下だった」。09年度から3学期制に戻した大阪府四條畷市教育委員会の担当者は言う。05年から一部で2学期制を試行した兵庫県尼崎市の中学校でも、増えた授業時数は「年10時間ほど」。市教委の担当者は「この程度なら3学期制でもやりくりでひねり出せる」という。同市は昨年11月、全校導入を見送ることを決めた。
横浜市では04年度までに約500の小中学校のほぼ全校が2学期制を導入したが、今年度、計11の小中学校が3学期制に戻した。中学校の校長の一人は「長い夏休みの前に通知表がなく、何を目標に勉強してよいのか戸惑う生徒がいた。期末テストを終えて、通知表をもらって夏休みに入るという3学期制のほうが、気持ちの区切りになる」と明かす。
徳島市教委も今春、全46の市立小中学校で05年に導入した2学期制をやめて3学期制に戻した。ここでも「けじめが付けにくい」「学習や運動に最も適した時期に秋休みを置くのはよくない」といった不満が現場や保護者から上がっていたといい、市教委が実施したアンケートでは小学校長の7割が「3学期制が良い」と答えたという。
群馬県太田市は04年度以降、全体の3割にあたる12の市立小中学校で2学期制を試行したが、09年度までに中止した。通知表の回数が年2回に減ることに対する保護者の反発が特に強かったという。学校側には教員の負担減に期待もあったが、保護者からは「年に3回あったほうが努力目標が増える」との声が上がり、一部の学校では、本来の2回の通知表に加えて夏休み前と冬休み前の2回、通知表に近い「振り返りカード」を作成。事務負担が逆に増えるという皮肉な結果になった。
学校のカリキュラムに詳しい八尾坂修・九州大学大学院教授(教育行政学)は「2学期制だと学期当たりの期間が長くなり、より継続性のあるカリキュラムを組める利点もある」と指摘する。「学習の達成状況や生活態度の連絡表を渡すなど、保護者とのコミュニケーションを密にできるのであれば進めていく価値はある」と話す。(花野雄太)
私は二学期制は難しいと考えているのだが、それはやはり休みのタイミングが合わないことが最大の理由であると考えている。
もともとは欧州のセメスター制を参考に作られたものであり、前期・後期に分かれた教育課程で行われるのだが、通常4-7月、9-3月または米国のように9-12月、1-4月のようなものではなく、日本ではその間に夏季休暇と冬期休暇が入ってしまっている。
しかもセメスター制とは補講を前提としているところもあり、そもそもが大学向けの制度である。
初等教育や中等教育でこの二学期制を採用したところもあるようだが、実際には授業時数を増やす目的といった程度の考え方でしかなく、またその効果もほとんどなかったということで結果的に撤退するところが増えたということなのだろう。
こういう制度導入に関して、日本と言うのは極めて下手であるし、自国の教育に対してなぜ他国を参考にするのかまったくと言っていいほど理解ができない。
学力が落ちたという意見に反対の方がいらっしゃるようだが、私は間違いなく学力は落ちたと考えている。
理由は単純で、私たち世代と比較して、今の子供たちは約半分程度の内容しか教えてもらっていないわけだ。
それしか教えてもらっていないのに、学力があがるわけもなく、下がるのが当たり前だと考える。
なぜなら教えてもらっていないからである。
受験戦争上等!時代の私たちにとって、人間生活をおろそかにしていたかといえば全く別で、友情を深めることは当然であったし、はっきり今よりも生きる力はあったと考える。
中一プロブレムも、小一プロブレムも自分の力で、もしくは友人の力や先生方の力を借りて立ち直っていったはずである。
今のように不登校児童がごろごろしているような世の中ではなかったはずである。
・・・と、話がそれてしまった^^;
三学期制に不都合がなければそのままでいいと考えるし、二学期制に対して教職員に負担がなく、保護者が理解すればよいとは思うが、結果的に記事にあるとおりなじまないことが最大の原因である。
二学期制に反対ではないが、やはり日本には向かないと感じている。
大人が悪い
by damian on 7月.16, 2010, under 教育
「水俣病触るな!」中学生がサッカーの試合で暴言 熊本-MSN産経
2010.7.16 09:27熊本県芦北町で6月上旬に行われた同県の中学校サッカー部同士の練習試合で、県内の市立中学校の男子選手が水俣市の中学校の選手に再三にわたって「水俣病、触るな」などと暴言を吐いていたことがわかった。
同市教委によると、試合中、ボールの奪い合いや接触プレーが起きたさい、相手チームの選手1人が水俣市の複数の選手に対して差別発言を繰り返した。水俣市の選手はこれを聞き「謝れ!」なとと抗議する一幕もあったが、「その場で謝罪があったかどうかは確認できなかった」(市教委)という。
試合後、水俣市側の顧問教諭が相手校の差別的な言動に気付き、相手校の顧問に確認。この顧問が発言した選手に確認し、保護者らとともに謝罪したという。翌日には校長が同市教委を訪れ、「申し訳なかった。水俣病に関する正しい理解が教育の場でできていなかったのかもしれない」と陳謝。同市の職員らを招き、保護者集会や教員研修で、水俣病に対する正しい知識や理解を学習したという。水俣市の葦浦博行教育長は「差別発言があったのは大変残念。水俣病が正しく理解されるように県全体で取り組んでほしい」と話している。
この発言をした子供は間違いなく悪いのです。
水俣病に対する知識や、他人に対する思いやりがなく、無関係である相手選手にとんでもない発言をしてます。
私たちが子供の頃に学んだのは、水俣病がどういうものであるのか、原因はなんであったのか、その後の対処はどういうものかというものでした。
そのため伝染病のようなものではなく、水銀の体内蓄積による発症であることを知っているため、こんな馬鹿げたデマのようなことは言うはずもありません。
そしてなによりもこの子供が、そうした病気を差別するような発言をしたというのは、健常者と言うおごりからの暴言でしかなく、本来いたわったりするべき存在である対象者への思いやりを欠いた行為です。
なぜこのようなことになったのかといえば、はっきり大人が悪いのです。
日ごろから思いやりと言うことを親がきちんと理解させられなかったこと、学校が社会の学習時にどういうものかを完全に伝えていなかったことが根本にあるのではないかと考えています。
「いいや!そんなことはない!」とおっしゃるかもしれませんが、事実としてこういうことがあったのですから、謙虚にそれらの事実を受け止めて再発防止をするべきなのです。
トラブルが起こらなければ逆にわからなかったことかもしれません。
大人になってこのような発言をしてしまえば取り返しがつかないことになったやもしれないのです。
◇
最近は上の子とこうした公害病であったり、障害についてであったり、宗教について話すことがあります。
中学生にもなると面倒な話に耳を傾けないのですが、その前に考えさせるように努力しています。
差別と区別は違うということ、自分が上の立場のようにして差別することはいけないこと、自分が被差別だと無闇に権利を要求することなど、そうしたことは不要であることを考えさせています。
教え込むのではなく考える・・・そこから生まれたものを大人が聞いてアドヴァイスする・・・
そうすればこうしたトラブルは減ってくるのではないかと考えます。

