日々思ふこと(教育改革編)

教育に関して綴って参ります

高校無償化に対しての考え方

| 8件のコメント

高校くらいは出ておいた方が・・・と思う親心は理解できます。

ですが、意味もなく高校に行っていたり、結局は途中で退学したりと、高校へ行く意味が本当にあるのか?と感じることも多くあります。
そんな中、現在の政権では公立高校無償化と私立高校生徒への学費補助が議論されていますが、このようなものは必要ないと考えます。

もしこれらが必要なのであると考えれば、奨学金のようなものであったり、やる気をスポーツや学力で表現することが必要であって、全員一律に学費免除、一部免除をするべきではないと考えます。
これは日本の高等教育の破壊であるとさえ思っています。

もちろん生活に困窮している家庭の学費援助は必要です。
そうした家庭の子供がきちんと高校を卒業し、機会があれば大学へ進むことができ、学問などで大成することができたり、社会的に認知された会社に就職することによってチャンスを得ることができることは良いことでしょう。

しかしながらはっきり書きますが、学力の低い学校での退学率ややる気のなさを目の当たりにすれば、彼らに税金を使うことに関しては反対をしたくなるのは当然です。

昨日、あるテレビで「公立に入ることができないから私立を選択しても、学費を払うことができないから定時制に回っている」といっている人がいました。
定時制のなにがいけないのでしょうか?というのがひとつと、昼に学問をしたいと考えるのであれば、一定以上の学力が担保されていなければ当然ながら学ぶことなどできないと考えていいと思っています。

高等学校で・・・自分の学びたい高等学校で学ぶためには当然ながら資格が必要であり、その資格がない者は残念ながら別のステージへ進まなければなりません。

私が言う学力の最低限の担保は中学校までの教育であり、それ以上の高等教育は学びたいと考える者がそれぞれに応じた教育を受けるために学校や教師を選択することができなければならないのです。

私の中学時代の友人に中学校を卒業して職業訓練校に進んだ者がいます。
彼は今では立派に大工の親方として大成しており、その息子は高校を出て大工となっています。
息子は「親父は勉強はできなかったかもしれないけれど、人間として尊敬できる」と言っていました。
友人であった彼はたいしたことはないと言いますが、そこまでの苦労を少しは知っている身として、その努力を大きくかっています。
中学時代は勉強が嫌いでできなくて、高校に進むことよりも職業訓練校を選んだわけですが、人生とはそこで終わりというわけではありません。
これもまた立派な人生だと思いますし、彼は今後も親方として活躍を続けるのだと思っています。

また東京に来てからの仲間で、中卒であっても旧来の日本建築をかたくなに守る大工として成功している人、内装工としてのその腕を買われている人など学問は苦手だったかもしれないけれど、その後の人生の成功を手にしている人もいます。
しかしながらそういう人の多くは、もの凄い努力をしたから今を手にしたわけで、高校の学問よりも厳しい時代を歩いてきた時期も長くあるのだろうと思っています。

高校に思うこともあるかもしれませんが、生き方として必ずしも高校が必要なのかと言えばそうではないと考えているのは、こうした人たちが仲間にいるからというのもあるのです。

こうした考え方を持っている私は、努力をしない者にほどこしなど必要ないと考えています。
だからこその高校無償化反対を言っているのです。

高校に進学をする、在学をしている生徒で努力をしている者に対しては無償化をしてもいいのかもしれませんが、その判断は極めて難しいものであると思っています。

8件のコメント

  1. <ですが、意味もなく高校に行っていたり、結局は途中で退学したりと、高校へ行く意味が本当にあるのか?と感じることも多くあります。

    以上の文章と全体の文章を読みました。
    私は今大学生ですが、その大学の人を見てると、浅ましいなと思います。何をするために大学に来たのか、と。大学に入れば大丈夫と考えてる人が多いです。

    また、人に頼ることは悪いことではないです。それもまた手段です。人間一人でできることなんてたかが知れてますし、個々の能力もあります。無理なら無理と人を頼ることは大切です。だから私は人の力も借りて事を為し遂げようとします。しかし、周りはできないならできないでいいとか、力を貸してくれる人が現れるまで待ち続けます。

    つまり、打開するために自らが動かない人が多いのです。文句があるなら行動しろと思いますし、たまに言います。当然通じませんが。

    少し脱線しますが、私の持論として全ての職業を敬え、というのがあります。それは人間の限界というものからくるからです。

    自分の都合の良いときだけ頼ったりとか、他力本願もしくは甘ったれ人間が、仕事に携わって頑張ってる人をバカにしたり、社会に口を挟む権利はないと考えます。

  2. ねねさん>
    大学生だったのですね。
    ブログなどあるようでしたら教えていただけると助かります。

    人に頼ることはあっていいことだと思います。
    ですが、まずは自分で何かを成すだけの努力をすることが重要であり、そこで何かが足りずに周りの手助けが欲しいときに頼るのであれば理解できます。

    サラリーマン時代を経験しましたが、仕事に対して文句を言う人が多いことがありました。
    私は会社のあり方であったり、経営者クラスの考え方に文句を言ったことはありますが、自分がやっている仕事に対しては文句をいったことがなく、自分に与えられた仕事をどうやって効率化し、自分が自分の時間をうまく作ることができるかとばかりやっていました。
    現在はサラリーマンではないため当然ながら自分のやっている仕事に文句などありませんが、自分の「ここが足りない」と思うことはあります。
    ですがそれは自分で解決しなければならない問題であり、外に対してなにかをアピールすることは当然ながらありません。

    >自分の都合の良いときだけ頼ったりとか、他力本願
    困ったときの神頼み状態ですね(苦笑)

    人のせいだけにするとか、時代のせいにするというのは簡単なことですが実は見苦しいことだと考えています。
    厳しい時代が現実だった場合、実は世のほとんどの人がその厳しい時代を過ごしているわけで、自分だけが不幸だと考えるのはきっかけさえつかめないことだと思っています。
    むしろ厳しい時代だとしたなら、その中でも最善を尽くそうと努力をすることが必要なのではないでしょうか。

    ねねさんの周囲のなんとなく大学生の方こそ、社会の現実を知っていただきたいとは思いますが・・・
    ねねさんは気付かれているので、この先どういう努力をするべきなのかを理解されているのではないかと考えます。

  3. http://blogs.yahoo.co.jp/the_hyena888

    私の持論の一つである

    「全ての職業を敬え」は、社会に出てみないと理解しにくいでしょうね。

    私自身、完全に理解してるかどうか怪しい。いえ、おそらく理解度は半分以下でしょう。
    しかし、damianさんの言うとおり、まずは努力です。自ら動くことです。歴史という社会学を学べば、おのずとわかるはずなのに、わかってない人は多いです。周囲、そして世間は価値観の違い以前に問題な気がします。自分が立っている、地面という歴史を認識してないもしくは誤解してるのですから

  4. ねねさん>
    URLありがとうございます。
    まだざっとしか読んでいないため、あとで時間のあるときに読み込んでみます。
    経験をすることと、経験を生かすことは違うことです。
    年齢を重ねて経験を生かした人は「まともな大人」になっていますが、経験だけをして放置した人は「大人になりきれてない人」になってしまう可能性が高いと考えています。

    太平洋戦争(第二次世界大戦ではありません)がどうした性格のものであったのか、第一次世界大戦後の世界情勢と流れをみたのか、日本と朝鮮半島、支那との関係は・・・などなど、歴史を冷静に読み解けばわかることもでてくるはずです。
    しかし思い込みであったり、学生のころに「習った日本史」から抜け出せない人は、歴史の本質を読み解くことはできません。

    これも自学自習でしか学べないものだと考えます。

  5. ただ、私は単純に、動かない者に歴史は作れない、といいたいだけなのです。しかし、そんな単純なことでさえできない人が多いです。社会学の基本は「動く」ことだと私は思っています。これの反対が「静」ですが、動かないではなく「チャンスをうかがう」の意味であるはずです。決して「全く」何もしないわけではないのです。

    といった具合に私は単純に考えてます。別に社会学の心得があるわけではありませんが。

    ・・・記事から脱線しまくってますねー

    <経験だけをして放置した人は「大人になりきれてない人」になってしまう可能性が高い
    ↑前述の教師はまさにこれなのでしょう。だから、生徒に怒り顔を笑われるのですね。

    学費無償化は学校に行く身としては大変嬉しく感じてましたが、まともじゃない学生のことを思い返すと、本当にいいのだろうかと不安を覚えますね。

    知り合いはこの無償化を「共産主義だ!」と批判してました。子供は親が育てるもので国が育てるのはおかしいと。

    私はどちらの意見も理解できてしまいます。ただ、腹が立つのは賛成と反対の理由を利用する人間の存在です。紛れもなく嫌いです。

  6. ねねさん>
    今日はブログを読む時間がたっぷりあったのでコメントいただきありがたく感じています。
    本当に学びたいのであれば「無償となるプログラム」を受けることができるようにすればいいと感じています。
    奨学金であっても一定条件を満たせば無償となるものであれば問題は少なくなるのではないかと考えています。

    これから高校に通う親としては単純に高校無償化は家計の助けにはなると思いますが、それが本当に全ての子供にとって良いと認められるものなのであれば、保護者が他で負担をせざるをえないとは思っていますが、どうみても負担をせざるを得ない状況だと考えられません。

    共産主義に関しては否定も肯定もしませんが、ベーシックインカムなどという馬鹿げた論理を展開する偽善者を私は善しとしません。
    人の能力やモチベーションは一定ではありませんし、共産化をするとした場合に、それらは矛盾を産むものとなるのですし・・・

  7. 私の家庭は国と親類にいろいろと借金してる家庭なので、割と学費無償化は重たい話なのです。片親ですし。

    私以外の子供を私立校に行かせたのも子供の甘えを聞いたのも親の甘えであり、まさに自業自得なのですが・・・

    愛は盲目といっても、ねぇ・・・

    といった心境です。

  8. ねねさん>
    片親とのことですが、私は片親であるならばその状況に応じた支援策をするべきでると基礎自治体や教育委員会には毎度申し上げています。
    まして男親だけの世帯がどれほど厳しい家庭が多いのかを考えれば、国や基礎自治体はそうしたことを絶対に考えねばなりません。

    親としては考えるべきところではありますが、我が家の現状は?と考えるとできないこともでてくると思います。
    ちなみに拙宅の子供たちには「公立しかありえないと思ってね」と伝えてあります。

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