日々思ふこと(教育改革編)

教育に関して綴って参ります

全てを体罰とすることが異常

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私は暴力に対しては否定的である。
これは当然のことであるのだが、体罰に関しては全てを否とする風潮はいけないものだと思っている。

自身はサッカーを教えていて体罰を少なくともこの二十年間したことがない。
しかし小学生を教えた初期は別として、中学生を教えていた時期は言っても聞かない生徒に対しては体罰をしたのは事実である。
だがそれが暴力かと問われれば違うと答えるであろう。
なぜなら問題の生徒は他人に対して迷惑をかける行動であったり、いじめであったり、他人へのいろいろな意味での攻撃、そして度重なるサボタージュによるものだからだ。
特に私が今でも厳しいのは他人を怪我させたり、いじめにつながる行為に対して厳しいが、現在ではよほど言うことを聞かない、何度言っても聞かない選手に対しては「サッカーをさせない」という方向にしている。

昨日、あるニュースが流れた。

汎愛高柔道部顧問が女子生徒に平手打ち 「下級生に危険な絞め技」と説明-MSN産経
2013.2.1 14:16

 大阪市立汎愛(はんあい)高校(鶴見区)で、保健体育の50代男性教諭が昨年4月、柔道の授業中に部員の3年の女子生徒の頬を平手打ちしていたことが分かった。けがはなかった。同校は同6月に市教委に報告したが、担当の男性指導主事が対応を放置していた。教諭は「下級生に対し危険な絞め技を行っており、制止するためだった」と説明しているという。市教委は弁護士5人の市外部監察チームと連携し調査を始めた。
 市教委によると、市立桜宮高での体罰問題が発覚して以降、汎愛高でも複数の体罰情報があがっているという。同校でも体罰が常態化している可能性が出てきた。
 男性教諭は柔道部顧問で、武道科に所属する女子生徒は同部員。教諭は昨年4月、和歌山県で行われた同科の2泊3日の校外実習で、柔道の技の練習中に頬を2、3発たたいたとされる。教諭は「口頭で何度か注意したが危険な行為を止めなかったため」と話しているという。

 同校は保護者に謝罪し、同6月に市教委に電話で報告。指導主事は学校に対し報告書の提出を行うよう指示する必要があったが、怠っており、上司にも伝えなかったという。
 汎愛高は普通科のほか、スポーツ専攻の体育科(約200人)と、剣道や柔道などを専攻する武道科(約100人)で構成。
 汎愛高の新宅博生教頭は「校長ら管理職を含め外部監察の調査対象になっており、取材には答えられない」とコメントしている。

これは体罰ではないと感じるがいかがか。
なぜ学校が謝罪するのか理解できない。
もちろんこの記事の内容が正しければというのが条件ではあるが。

今、NHKで勝利至上主義に問題があるのではないかなどとやっているが、全く違うと言わせていただこう。
熱血指導だからといって体罰が必要なわけではなく、私が学んだサッカーという中では少なくとも一時期を除いてなかった。

勝利至上主義が問題なのではなく、学校や指導者が名声を得たいがためにやっていることなのではなく、少なくとも試合に臨むのであればどんな試合でも勝つことをめざしてやるべきだと考えている。
結果は負けたとしてもやむを得ないわけだが、そこまでをどうやって持っていくのかというのが重要なのであって、それが育成だと考えている。

現在のこの流れは体罰は絶対に反対なんてことになっているようで、先日来申し上げている欧米のように理解に苦しむ世の中にしてはならない。

子供が親から何度も注意をされ、言うことを聞かないからと平手打ちされたら警察に電話をし、親が警察に連行されるのがまともだというのか?
体罰がないから社会を自分の思うがままと勘違いし、それが違うからと銃を持ち出して人を殺す社会というのはまともなのか?

体罰がない社会でも注意深く見なければこういう結果になるのだ。

それでも体罰は何がなんでも禁止と言えるのか?
産経新聞の例は体罰なのか?

私は現在体罰をすることなくサッカーを指導しているが、もし万が一誰かが相手をしゃれにはならないほどの怪我をさせるプレーをした場合、もしかしたら殴るかもしれない。
それは体罰にあたるのか?

体罰をただただ悪と見るべきではないと思うがいかがか。

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