日々思ふこと(教育改革編)

教育に関して綴って参ります

久しぶりの携帯電話ネタです

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先日、LINEが話題となった未成年による殺人事件が話題になりました。

Facebookなどをみると「スマートフォンって怖いわ」というものだったりするのですが、スマートフォンよりもなによりも、なぜ子供に携帯電話を持たせる必要があるのでしょうか?と何度もこのブログで書いています。

携帯電話を持たせることは、親の自己満足と子供の欲求を満たすことが主要ではありませんか?とついつい言ってみたくなります。

携帯電話が必要だという方は「すぐに連絡がつく」というのが一番の目的のようですが、それがなんなのでしょうか。

すぐに連絡がつくから携帯電話が必要というのはなぜでしょう。

子供が親に連絡をつけたい場合は仕事場でも構いませんし、自宅でも構いませんが、子供になぜ連絡をつけたいのでしょうか。
そんなに子供に連絡を頻繁に取る必要がありますか?

「塾に行っているか確認したい」
「(親が)仕事をしているときに連絡を取れるようにしたい」
それらは親の勝手な意見ではありませんか?

「安全のため」
携帯電話がなぜ安全につながるのでしょうか。
GPSで携帯のありかがわかることもありますが、犯罪にあった場合私が犯罪者であればそんな証拠となるものはすぐに捨てます。

「何か危険になった時連絡ができる」
危険が差し迫った時に本当にお子さんが連絡を取ることができますか?
走って逃げている最中に電話をすることは難しいですし、もし連絡が取れたとしてそれが本当に意味を持つのでしょうか。

安全にしても危険なことがあった時にでも、警察も、親であるあなたも子供の前に瞬時に現れることなどできようがありません。

逆に私は携帯電話を子供に持たせることで、考える能力を奪っているとさえ思います。

冷蔵庫の中に入っている食べ物があり、おなかが空いたからどれを食べようか・・・となった時、子供が携帯から親に電話をすることになんの意味があるのでしょうか。
子供同士連絡を取り合う・・・って、行動範囲が決まっている特に小学生や中学生が、携帯でわざわざたった数時間の遊びの約束に使うことは、生きていくことに本当に意味がありますか?

最近よく思うのは、携帯電話を持っていることで約束が極めてあいまいになることが多いと感じます。

携帯電話がない頃の待ち合わせは「○時○分に、どこそこ。遅れた場合はこうする。」ときちんと決めたはずです。
女性とのデートの時に、彼女が遅れた際に自宅に電話をして親御さんと話をするというのはかなり緊張しながら電話をしました。

そして約束を守るために必死ではなかったかと思います。

最近の待ち合わせの極端な例が「19時に渋谷らへんで」というものです。
着いたら携帯に連絡をするからということらしいのですが、19時に会うことはないわけです。

おかげで仕事の約束の時にこういう言い方をした人に「きちんと時間と場所を決めてください」と言ったことがあります。
まあそういう仕事の約束をする人は極めて少ないわけですが、そういう人が増えてきたというのもまた事実です。

それもこれも便利すぎる世の中、そして携帯電話によるものではないかと思うのです。

確かにモバイルは革命的で便利さをもたらしているのは事実です。
ですが、子供の時からそれが本当に必要なのでしょうか。
少々の不便があった方が、子供が大人になった時「無理なものは無理」というのがわかりやすいのではないでしょうか。

最近はあきらめないで絶対何とかなると無茶をする子供も増えているような気がしますが、それは便利だから何とでもなるだろうという甘えから来ているような感じがしてなりません。

ダメなものはダメ、無理なものは無理・・・そういうことを理解させることも重要です。

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