東京の中三生は高校受験真っ最中

東京の中学校三年生は受験真っ只中ということで、昨日都立高校の推薦合格発表が行われました。

友人の娘さんは合格したようで一安心とのことでしたが、我が子の友人の確率は50%程度だったので、あまり大きな声で喜ぶこともできません。
自分たちの頃を考えてみると、やはり合格できなかった仲間の前で大喜びすることは控えなければならないと思い、喜びをそれこそかみ締めて学校に報告しに行ったものです。
学校に到着してさめざめと泣いている同級生を見ると声もかけられないほどで、先生が勇気付けたりなだめたりしているのをみると、そっと「先生大丈夫でした」と本当に小さな声で報告するしかありませんでした。
担任は机の上の名簿になにか印をつけたわけですが、小さくうなずいてまたその泣いている同級生に向かうわけです。

あの時の担任や保護者の状況に自分がなったわけで、合格する子供もいれば失敗することもあるわけです。
今、自分が自分の子供に用意するのは両方の言葉なわけですが、当然合格したときの誉める言葉をより丁寧に考えています。
失敗した場合の言葉というのは必然的に話しながらも考えて慎重に話しをするわけですが、喜びの言葉の方がより難しいと考えていて、ここでもし万が一間違えた誉め方をしたとしたなら、次の三年間を無駄なものにしてしまわないかと思うのです。

考えすぎじゃないかと思う自分でもありますが、私の場合中学受験に対して両親に思っていること(もう35年前のことですが)が今もあるわけで、自分の子供にそういう遺恨を遺したくないわけです(苦笑)

ともあれ受験はこれからが本番です、少しでも多くの子供が自分の願う進路にいってもらいたいと思います。
がんばれ、みんな!

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土肥信雄(都立三鷹高校元校長)敗訴

三鷹高元校長の損賠訴訟:敗訴受け、土肥さん「即座に控訴する」--報告会で /東京[毎日新聞]

 都立三鷹高校の元校長、土肥信雄さん(63)が、定年退職後に非常勤教員に採用されなかったことへの損害賠償などを都に求めた訴訟の敗訴判決を受けた報告会が30日、千代田区内であった。

 東京地裁から駆けつけた土肥さんは「怒りがエネルギーに変わった。即座に控訴する」。現役当時、職員会議で教員の挙手や採決を禁じた都教委の通知に対し、撤回を求め続けた土肥さんは「この裁判を起こして本当によかったと思っている。そうでなければ都教委の言論統制の実態が闇に葬り去られてしまう」と改めて闘う決意を述べた。

 報告会は元教え子や保護者らで結成する「土肥元校長の裁判を支援する会」が主催。2月18日午後6時半から、武蔵野市の武蔵野公会堂で支援集会を開く。【明珍美紀】

一言でいうと「みっともない」というものでしょう。

都教委に対して自分が「おかしいものはおかしい!」と言ったことは実は評価しています。
その意見が私と合致しているかどうかは別として、そうした意見が違う役所の上みたいなところと喧嘩をすることは必要であり、自分が正しいと思えば闘うべきであるとそう考えます。

みっともないというのは、そうやって闘っておきながら「非常勤で採用されなかったから訴える」ということであって、自分が闘う相手のところでなぜ働こうとするのか全く理解ができません。
だからこそ私はこうした活動をする教師に対して信頼することが全く不可能なのです。

民間の会社に勤めている方だとどう考えますか?
自分の会社の役員がへんな考え方で自分と全く違う方向を持っていて業務命令を出したとしたなら・・・
1.自分が会社と闘う
2.会社と闘わないで大人しくしておく
3.会社に見切りをつけて別の企業に就職する
とまあ、こんな感じの選択肢になるのではないでしょうか。

2と3はその後がはっきりしているので問題は1を選択した場合となります。
私の場合最初の会社と闘いました。
闘った内容は1.2万円の「寮」(といっても食事もなくただ風呂と寝る場所があるだけ、築30年以上)があまりにも酷いから、もっと変えるべきであるというものなどでした。
他にもいっぱいありますが、単純にその寮のことだけを考えれば、会社から睨まれようが何しようが入社二年目の時に店頭登録しようとしている会社で、地方出身者をさんざん雇っている会社のやることじゃないと設備や待遇に対して意見をしました。
それは人事部に話をつけ、寮のみんなの意見を聞くという会合をもってもらったのです。

結果は寮生の勝利で、翌年から借り上げマンションが寮となりましたが、私は古いままでその寮をでて、自分の給与内でアパートを借りました。
自分だけのためではなく会社全体の利益、寮に住んでいるもしくはこれから住むであろうみんなのため会社に意見をしました。
会社はその意見を認めてくれたからこそ翌年から変わったわけですが、入社二年目の小僧に言われたことはどう感じたかはわかりません。
なにせその二年後には別の会社にお誘いを受け転職をしましたから。

と、ここでもし「あいつ生意気だ、こらしめてやる」なんて会社が思ったとしたならば、私は別の意味で会社を辞めていたかもしれませんし、本社から部署移動させられてどこぞの孤島に送られていたかもしれません。
ですが私は会社と喧嘩をする時に、そうした覚悟で臨んでいました。
社員の環境を良くしないで会社が良くなるとは思っていませんでしたし、逆にそうした考えがないのであればこちらからやめてやろうとさえ思っていたほどです。
それが覚悟というものです。

ところが公務員であり東京都教育委員会の業務命令に従わねばならない教師たちが、こうしたところと喧嘩しようとする時に、なんと覚悟をもっていないわけです。
そういうのをみっともないというわけです。

自分は守られたところから騒ぐだけ騒いで迷惑をかけたのに、教育の現場にはそのまま居座る、もしくは再雇用をされなかったからと訴える・・・普通のサラリーマンでそんな馬鹿げたことを言う人いますか?

日教組への報道で思ふこと

まずは日教組はいい団体と思っている毎日新聞。

日教組教研集会:復興「学校を核に」 被災地の教諭ら事例報告

 日本教職員組合(日教組)の教育研究全国集会(教研集会)は2日目の29日、富山市で分科会があり、東日本大震災の被災地からは地域復興の核としての学校の役割や、防災教育で子供の心の復興につなげた事例などが報告された。

 津波で校舎が破壊された宮城県東松島市立鳴瀬第二中の制野俊弘教諭(46)は、地域復興と住民の再会の場にしようと昨年8月に開いた運動会を紹介した。避難所運営に尽力した住民や親を亡くした生徒会長らは聖火リレーをし、地域と学校が一体となった。制野教諭は「参加者は、握手しながら笑顔でトーチを渡す姿にこれからの復興を重ね、涙を流した。地域がバラバラになった今こそ、学校が地域づくりの拠点にならないといけない」と語った。同中学の学区は建物の被災率が83%を超え、多くの住民が避難生活を強いられている。

 一方、同県山元町立山下第一小の阿部広力教諭(53)は、安政南海地震(1854年)の際に海辺の住民を避難させて津波から救った浜口梧陵(ごりょう)の故事に基づく「稲むらの火」の演劇に取り組んだことを報告した。昨年10月の発表会で児童らは「私たちは小さな力ですが、古里を元の姿に戻すためにがんばります」と呼びかけた。阿部教諭は「疑似体験として表現することで、心の復興に一歩近づけた」と話した。【堀江拓哉、岩嶋悟】

当たり障りのないどころか「日教組の教師は素晴らしい」とでも言い出しそうな勢いの記事で、さすが毎日新聞とさえ思わせてくれる「作品」。
放射能被害の件で毎日新聞の記者とも連絡を取り合っている部分もあるが、こうやってどうしようもない記事を書く人の方が多くいるのだと再確認される。

では日教組は極悪だと思っている産経新聞。

「反原発」イデオロギー強制も 日教組教研集会で報告
2012.1.29 22:13 [教育]

 教研集会では、「反原発」など日教組のイデオロギーを一方的に押し付けるような授業が今年も報告された。

 仙台市立高校の男性教諭は現代社会の授業で、原発の危険性などを取り上げた上で、学科ごとに原発に賛成か、反対か、を問う趣旨の質問を実施した。

 教諭は、反対が少ない学科もあったことなどについて「教職員の授業における操作的射程は意外と成功しなかった」と報告。さらに「社会科の教師は、ある意図をもって授業をしようとするわけだが、そうはなっていない状況がある」と総括し、これまでにも自身のイデオロギーを生徒に一方的に押し付けてきたことをうかがわせた。

 神奈川県藤沢市立小学校の男性教諭は原発事故後、「情報が操作されている」ことなどを理由に「一つの考えしか許されなくなるのは、太平洋戦争前夜の社会状況に似ている」とし、「間違っていることは間違っているといえる子供たちを育てていきたい」と話した。

これはこれで一方にだけ寄った記事。
だが日教組の実態を知るには実際に行われている「イデオロギー教育」の部分は絶対にはずすことはできない。

先日もFacebookの私のウォールに日本の歴史についての教育だというのに、社会の授業で「朝鮮半島の人々の気持ちを書け」だのといった極めておかしなテストプリントについて書き込んだところ、まるでそれが問題のないかのような発言を書き込んだ人がいたが、自国歴史の観点からなんでそうしたものを「わざわざテストにしてまで日本人が悪いことをした」といいたい人たちがいるということがわかった。
そしてそれを信じ込んでいる人たちが実際にいるということもわかった。
・・・というか再確認をさせてもらった。

日教組は事実上「ひのきみ闘争」的なものをやっているわけで、そもそも「日の丸」「君が代」に対して「わざわざ略す」などという幼稚な発想で闘争をしている。
天皇陛下を「わざわざ」「天ちゃん」などと言い放つ幼稚さ・・・これは相手に敬意さえ払えない幼稚さである・・・だということを自身が気が付かず、それを子供たちに教えようなどとはアホらしくて話にならない。
そもそも日本の成り立ちと国家ということを冷静に考えてみれば、皇室があったればこそこの国家がつながってきたのだということがわかり、なぜ敗戦国である日本が「天皇陛下をその後も抱くことになったのか」ということを考えれば天皇陛下がおわすことがどれほど重要であるかわかるのだ。

私でさえ若い頃は天皇陛下に対しての理解はなかったといって良い。
しかし日本の歴史を知れば知るほど、学べば学ぶほど日本というのは天皇陛下があったからこそなのだということが理解できるようになる。
ただそれと「ただただ万歳」と唱えよということは別の問題であり、そもそも天皇陛下がなぜいらっしゃるのかを冷静に解き明かせば子供たちにだって理解できる話であり、自然となぜ日本国には天皇陛下がいるのか!ということが普通に人々の心に入ってくるのではないだろうかと考える。

まあ、こういうことを言うから右翼の人たちからは「右翼じゃない」といわれ、左翼からは「右翼だ!」と言われ好き勝手されるわけだが、私はただ日本人なだけで太古から続く日本国が好きなだけである。
だからこそ一度の派手な敗戦で心変わりをし、日本を否定するような阿呆共が嫌いなだけ。
もう一つ言えば戦争とは話し合いで決着できない場合の国際的な最終手段であるため、どちらか一方が悪いのではなく両方が悪いのだし、東京裁判とは戦争犯罪人を裁く場だというのであれば連合国軍側の戦争犯罪人も裁かれるはずであったはずだ。
歴史を学べば学ぶほど本当にいろいろなものが見えてくる。

それをイデオロギーで塗り替えてはならない。
だから私は日教組を否定する材料の一つとしてこの歴史教育を挙げている。