日々思ふこと(教育改革編)

青少年委員会主催研修会

by damian on 7月.06, 2009, under 日々思ふこと

7/4土曜日に青少年委員会主催の研修会が行われた。

私は同じようなテーマを扱っているということもあり、携帯電話の研修会に参加させていただいたのであるがたいへん勉強をさせていただいた。

特定非営利活動法人ナレッジネットワーク 理事長で
有限会社ケイワン 代表取締役でもある 柳田 公市氏が講師であったのだが、同じようなテーマであっても切り口が違うところであったり、話し方であったり講師には個性というものがあるのだと改めて感じた。
柳田氏は私と同様「携帯を持たせることがどれほど危険か」というものを明確にしていたのであるが、子供への携帯の預け方は「買い与えではなく『貸し与え』」であることを強調していた。
なるほど通信料などは保護者が出すのであるから当たり前なのである。
私はこの部分を「お小遣い以外にいくら与えているのですか?」という注意喚起をするのであるが、この「貸し与え」はいただくことにする(笑)

またテーブルごと5つのグループで討議を行ったのであるが、今の保護者の多くは子供に情報機器扱いなどの点において劣っていること、情報へのアクセスがどれだけ危険かということがわかっていないと改めて感じさせられた。

葛飾小学校では携帯電話についてここ数年通しでテーマとしているのであるが、それはたまたま情報機器や情報収集について詳しい私がいるからというのもあるが、そうではなくとも携帯電話というものの利便性と危険性・・・特に危険性に目を向けて「安全の為に持たせない」ということを啓発していきたいと感じている。
ただし最後は家庭のポリシーとなるため禁止などということはPTAという立場上できないのであるが、学校が持ち込み及び利用を禁止している以上そちらに従っていただきたいと感じるのである。

その意味では保護者への情報を与えること、ヒントを与えることが必要であり、知っている私のような者が伝道者となればいいだけなのである。
葛飾区立PTA連絡協議会ホームページ活用委員会(ICT委員会に名前を変えようよ(笑))の一員である私なのだから、うまく使ってみてください。

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言葉の使い方は間違っているが・・・

by damian on 7月.02, 2009, under 日々思ふこと

国歌に起立しない教員「辞めるしかない」上田清司知事(MSN産経)
2009.7.1 17:50

 埼玉県の上田清司知事は1日、入学式など式典の国歌斉唱の際に起立しない教員について、「日本の国旗や国歌が嫌いだという教員は、辞めるしかないのではないか」と述べた。6月定例県議会で吉田芳朝県議の一般質問に答えた。
 県教育委員会によると、式典で国旗掲揚と国歌斉唱を生徒に指導することは、学習指導要領で定められている。だが、平成20年度の卒業式の際、県立高校と特別支援学校計10校で、国歌斉唱の際に起立しない教員がいたという。
 上田知事は答弁で、こうした教員のいる学校名を公表すべきとの考えを示した上で、「ルールに従い模範を示すべき教員が、模範にならないようではどうにもならない」と述べた。
 ルールを守らない教員への処分に関しては、県議会終了後の報道陣の取材に対し、県教委で判断すべきとの考えを示した。

「嫌い=辞めろ」というのではなく国旗・国歌を指導することを定められているにも関わらず「自分の思想信条だからという理由で」職務を全うできない者は辞めるべしだと私は思っている。

上田知事の言わんとすることはわかるのだが、言葉を間違えてはいけないと感じるのであるが、間違いのないのは

>ルールに従い模範を示すべき教員が、模範にならないようではどうにもならない

という部分である。

学習指導要領にあるものを遂行しない(できないではない)というのは、仕事を放棄しているのと同義なのである。
ましてそれが公務員だというのであれば、当然ながら辞めていただくべきだろうと考えるのは不自然ではないはずだ。

何度もエントリーしているのだが、それだけ嫌いな国の公務員という「守られた立場」で意見を言う神経がわからない。
公務員であれば国民および国家に従わねばならない。
そして少なくとも私の言葉は国民の一つの声である。

「はんた~い」とやる人間の方が声がでかいからと、そちらが多いと勘違いをしてはいけない。
声を出さずに「国旗、国歌は当たり前のこと」と思っている国民がどれだけいるか、あなたたちは知ろうとしないだけである。

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四校連絡会

by damian on 6月.30, 2009, under 日々思ふこと

今日は月末にもかかわらず四校連絡会でした。

仕事のトラブルもないだろう・・・なんて思っていたらやはり甘かった・・・
二次過ぎに振込みのトラブルがあり、結局20分ほど遅れての参加となりました。
・・・ということで、次回から月末月初は避けてほしいとお願いをしました^^;

四校(中学1、小学3)での連絡会は、今回テスト的にフリーテーマで臨んだのですが、いまいち焦点がぼけてしまったのではないかと多くの人が言っていました。
そういう意見がでることがいい傾向だと思っているのですが、小学校と中学校でその問題点が違うなどということで一部の、特に中学校の保護者の中からは四校連絡会を一年に二回ではなく一回に・・・という意見が出ていたようでしたので、中学校の会長に少々きつく申し上げてしまいました。

別に年に二回程度の意見交換さえも嫌だという程度のものであれば、連絡会など必要がないでしょうと・・・
やりたくないものを無理にする必要もないでしょうし、そもそもPTAに参画する場合において小学校だから中学校だからというのは地域が同じ対象の学校には関係のないことだと思っています。
たとえ小学生しかいなくとも中学生の動向を気にしたり、中学生しかいなくても地域の小学生の動向を気にしたりというのは「地域」というものにとって普通のことだと思っていますし、まして子供は共通だと思っているのですがどうもそれが違うと感じている人が多いこと、子供たちの中には「自分の関わっている範囲内」という感覚の人が多いような気がしてならず、非常に残念に思ってしまいました。

だからこそなのですが、きつい言い方をしますと前置きをしましたが、話し合いに意味がないと考えるのであれば、四校連絡会など必要ないわけですし、話し合いをしても何も理解がなければ話し合いをしても全く意味がないと思っています。

啓発、啓蒙活動を続けている中で、こういう意見がでると凹んでしまうわけですが、PTAというのは特殊なものではなく、子供たちのための保護者と教職員の団体なのですから、まずは子供・・・ひいては大人同士の相互の・・・と考えてもらうことができるように、いろいろと工夫が必要なのだと改めて感じさせられました。

やればやる程、PTA活動には工夫が必要なのだと痛感させられます。
「時代」を言い訳にしたくないので、少なくとも私は無駄であってもまずは動くしかありません。
・・・と少々決意表明^^;

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文句を言う前に自分で行動する

by damian on 6月.23, 2009, under PTA

私はサラリーマン時代、会社からは「生意気な奴」と思われていたのは事実でしょう。

入社初年度に人事部の部長(上司)と大喧嘩をしたのは先に副社長から急ぎの仕事を頼まれていたにもかかわらず、頼むことができるのが私しかいなかったからと「一緒にやって」と言われたから筋論として「どちらかプライオリティを考えて欲しい」と暗に副社長というより上席の方からの依頼を優先させるという当たり前のことを、何十年もサラリーマンをしていながら理解していなかったから「おかしい」と部長に言ったことからでした。

同じ会社では寮改革を訴え、寮に住ませてもらっているとはいえ1万2千円も出して床の木が腐っているような築30年の寮ではなく、ルームシェアでもいいからまともな部屋に済ませて欲しいと寮会議を人事部に働きかけ、翌年からアパートを借りてルームシェアにした。
(ところが翌年から私は自分でアパートを借りたため恩恵には預かっていない)

寮が空いていないと女子寮の隣の薄暗い離れに住まされそうになった後輩を、私が住んでいる寮の部屋が二つも空いているのに「寮が空いていないとはどういうこと?」と人事部の確認ミスを指摘し男子寮に住ませたこと・・・

これらだけではなく仕事に対してでもあるが、私は問題点を見つけたら黙っていない人間である。
そして誰かを通して行ったりするのではなく、自分からまずは動いて協力者を巻き込んでいくということをしてきた。
それが内部のルールと違う(社会通念とは違う)場合には罰を覚悟で臨んだわけですし、サラリーマンとしてリスクが伴うものであるのも重々承知をしていた。

ただ万国の労働者は団結せよ!とは言いませんでしたが(笑)

 

保護者としてもそうなのではないのか?といつも考えておりますし、問題があると思ったら自分がまず考え行動するのが当たり前なのではないかと思っています。
また文句だけ言うのではなく、その解決に対する答えとまでは行かなくともヒントくらいは考えながら(ない場合は仕方がない)進むべきだと考えます。
サラリーマン時代の例にしても、問題点があったらまず自分で考え、どこに対してアプローチしたらよいかまとめて交渉し、内定をしたら賛同者を募るというものです。
無論問題点に対しては周囲の者に「これはどう思う?」などというリサーチをかけるわけですが、賢い友人は「お前こんなこと考えてるな」などと指摘され、いきなり賛同者になってくれる奴もいました。

今でも仕事、PTA活動などでも自分が動きますし、責任をもって発言をします。
PTA活動が負担という方に、我が校の「負担状況」を見ていただきたいですし、運動会がPTA主催などというところもあるようなのですが、学校とどうやって折り合いをつけて子供たちに提供をしていくのかを考えることこそ必要だと思っています。

必要のないものは「慣習」となっていたとしてもすっぱり切りますし(常任会前にお茶だしというのがありましたがやめました・等)、それはPTA活動に協力していただける方の負担を少しでも減らしながら、しかし学校経営へのお手伝いや参画をして学校を通じての子育てに参加するという大きなムーブメントとするために色々と考えて提案、行動をしていっています。

決して全ての保護者の皆さんがPTA活動に積極的ではないのは理解していますし、それどころか子育てに対しての意識さえ希薄なのではないかという保護者の方も散見されます。
そんな中で「本気で困った」という事態に、最初に泣きを入れるのはどういう人達なのかを考えてみれば、そこに保護者同士の互助組織があれば相談は極めて簡単ですし情報もまとめやすいはずなのです。

そういう観点から私はPTAというものを活用するべきだと思っていますし、少なくとも我が校においてはそれが基本であるとことある毎に言っています。
つまりはPTAとは子供のためであり保護者のためでもあるわけですし、もう一つは教職員のためでもあるのです。
教職員の部分をここには省いていますが、教職員と保護者がきちんと話し合い、連携ができていなければ、当然ながら学校経営、学級経営はスムーズに行くことも難しくなります。
※学校経営、学級経営は後日あらためてエントリーします

PTA不要とおっしゃる方は、その学校によって手法が違うことを理解していただきたいですし、旧態然としたものを少しでも負担を少なくし、しかし保護者、子供のイベントもしながら地域とのかかわりを作っていくか(積極的に地域参画する人が少ないため)を考え、こうして動いている団体もあるのだと・・・といっても話にさえならない方もいらっしゃるようですがね。

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物事には多面性があるのだが

by damian on 6月.21, 2009, under 日々思ふこと

PTA活動に否定的な人ほど「PTAは面倒」とか「会議をやるしか能がない」などというイメージが私にはあります。
じゃぁ親として子供の教育環境をどう考えているの?と思うのです。

私がNEWS ZEROの一コーナーのある部分で紹介されたものがありますが、その一方だけを見て決め付けられることもあるわけですが、その考えがほぼ的外れに等しいと思っています。
ですが、未だに相当数の保護者の中で、否定的に捉えられているというのも事実として認識しています。

PTA活動というのは本部の活動というわけではなく、保護者と教員全体の活動であり一方だけが何かをするというようなものではないと考えています。
そのため本校ではイベントなどを行う場合において、担当教諭との話し合いなどが行われるわけですが、それはどこの学校にしても当然のことであるはずだと思っていました。
しかしどうもされだけではなく、学校のいいなりになっていると「思ってしまっている」団体と見られていたり、保護者の側だけが学校と対立をメインとして捉えているPTAというのも見られるわけで、それらは当然ながら一律のものではありません。

ところがPTAを否定的に見ている人達にとっては、会議そのものが悪であったり、PTA活動をしている人が同じように町会であったり地域での活動をしていることを見ていなかったりするわけで、もっと言ってしまえば否定的な人ほど町会もPTAも子供会も関与していなかったりする場合さえあります。
もちろんそれは一つの例でもあります。
※こうだと決め付ければPTAは時代遅れとか悪だと言っている人と同じになります

私はここ数年小P連活動を通じて感じていることは、広く多くの人の意見を聞くことができるのと、逆に行政や小P連、他校に対して意見を述べたり議論をできるという点が上げられると思っています。
ただ単に「やっていることを聞いている」だけで「参加している」つもりになるというのは勘違いに過ぎず、結果としてこれこそ自己満足ということになります。
本当のことはその場に行って見なければわからないこともありますし、相手の声を聞き態度を見てわかることも多くあります。

何もそれを「毎週やれ」とか「毎月やれ」というのではなく、必要なときに必要なだけやればいいわけで、それが慣例としてどの程度となっているものをわざわざ変える必要もない場合さえあるわけです。
ところがPTA否定派であり改革をするという人に至っては「なんでも削っていけばいい」と思うような言動が多く感じられるわけで、私のように「必要なものと不必要なものを合理化する」という考えとは明らかに違うと感じるのです。

私はPTA会長にどうしてもなりたくてなったわけではありませんが、推薦され引き受けたからには自分の子供だけではなく学校および地域(葛飾区全体も含めて)の子供にとって良いものが与えられるような状況を作るために奔走するものであると感じて行動をしています。
だからこそ私は行動をするということを前提として話をしています。

そしてもう一つ・・・私の意見が全てではないと思っています。
信念を持つことは大切だと思いますが、自分だけが絶対に正しいと思ってはいけないと感じていますし、自分のしていることに対して酔ってはいけないと肝に銘じています。
何度も書きますがPTA会長なんてのは偉くもなんともないわけで、保護者として、地域の人間としてやるべきこと、当たり前のことができるひと、やる人が偉いのだといい続けています。
だからこそ自分の行動に自信を持つことはあっても、自分の行動が絶えず正しく素晴らしい活動をしているなどと勘違いをすることはありません。

むしろ自分に無駄がないのかを考え、本当の意味でPTA活動のスリム化や子供と参画できるPTAというのを考えています。
その一つが具現化できたのは飲み会はPTA歓送迎会のみとし、プロの保育士を雇って保育を行うことですし、委員会行事や常任委員会時に保育を実施することであったりします。

それから「子供を置いてのPTA活動」と良く非難されますが、子供を置いてというのがおかしいのでしたらなぜそれを議論しないのでしょうか。
少なくとも我が校のPTA活動においては子供と一緒での活動は「当然」と申し上げております。
委員会活動や卒対などに「子供を連れてっていいの?」と聞かれるときがありますが、皆さん子供がいらっしゃるのですから子供が活動の中にいたとしてもなんら問題はないわけです。
唯一問題視するとすれば、年に一度のPTA歓送迎会という酒宴の席であり、そこだけは飲酒、喫煙がある場として子供たちを入れたくないということで基本的に保育をするという形にしておりますし、乳飲み子を放置してまで歓送迎会に来て欲しいなどというはずもありませんのでまずは周りと「どうなの?」と話をして、結論がでなければ本部なり私に聞いていただければと思っています。

 

・・・と、かなり横道にそれてしまったのですが、物事の一方だけを見て何もしない人が自分が参加しないものに対して文句を言うのは公平なことではありません。
一方の意見や、片方からの見方では見えてこなかったり、聞こえてこなかったりすることが多々あります。
まずは自分から動いてみて、物事をいろいろな方向から見ることをおすすめします。

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